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2006/01/13

元気の海

今日は、父の書を一点紹介したいと思います。

Pict0890

「元氣」

昨年、ドイツのデュイスブルグで父の書のギャラリーを開催した時、展示した書です。

一般的に使われる「元気がいい」という意味だけじゃなくて、一番元の、生命の根源のエネルギーといった、東洋思想的な意味合いがあります。

作家の五木寛之氏が、「元気 人はみな元気に生まれ 元気の海へ還る」という本で、面白いことを書いておられたので、引用させていただきます。


「元気」ということは、中国でも日本でも古くから思想家たちの大テーマだった。紀元前の中国の文献や、江戸時代の僧や学者の書いたものにも、「元気」という言葉はやたらとでてくる。しかし、そこでつかわれている「元気」は、いま私たちが用いている「元気がいい」の元気とは、かなりちがう意味をふくんでいるようだ。
「元」とは、「おおもと」という意味である。根源の、とか根本の、原初の、といった語感だろう。

「気」は、本来は「氣」と書く。「气」の中に「米」が入っているのが旧字体だ。この「米」を、人を養う大地のエネルギーと解釈する人もおり、また八方に放射されるエネルギーと考える人もいる。「メ」では内側から発するものを閉じ込めてしまうことになるからだめだという説もある。

しかし、やはり「气」は天のエネルギーをあらわし、「米」は大地がはぐくんだエネルギーを示していると考えたい。

となれば、「元気」の正体はおのずから見えてくるような気もする。それは天と地、つまり宇宙のすべてのものの根源のエネルギーということだろう。
天地万物を生みだし、それを生かしているエネルギーの根元が「元気」というものなのだ。その「元気」のなかから私たちはこの世界に送り出されてきた、と私は想像する。

「元気」は私たち万物の創造の母であり、命のふるさとの海なのである、と。
(一部略)

会場に飾ってあった「元気」の書のパネルの説明文に「根源のいのちの世界から流れ出てくる響き」と書かれていましたが、五木さんの文書を読んで、なるほど、そのような意味合いであったのだな、と改めて納得しました。

五木さんは、かつて映画にもなった「大河の一滴」というベストセラーを出しましたが、この本で、私たちのこの命も、自然の万物を生み出す、母なる「元気の海」から生れた、水の一滴である、と評しています。

ちなみに私の父の名は「元海」といいます。勿論本名じゃなくて、雅号みたいなもんですが。やっぱり命の元の海、といった意味合いから、つけたんだろうと思います。

五木さんは、「元気の海」と仮によんでいますが、以前の記事で取り上げた村上和雄氏は、科学者の立場から「サムシング・グレート(何か偉大なる力)」と名づけておられます。宗教的な言い方をすれば、神や仏ということになるんでしょう。

五井昌久先生は、人間は神の分け命である、表現を変えれば、大生命より分かれた小生命である、と説いておられますが、言い方はどうであれ、私たち一人一人の命が、そういった大自然を生かしている大生命と繋がっている、という思想は、私にとって受け入れやすい宗教観です。

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