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2006/02/24

ゴーギャンの人生

大阪の中之島で開催されている「プーシキン美術館展」に、先日行ってきました。

二人のロシア人実業家が集めた、ルノワール、モネ、ゴッホ、セザンヌ、マティス、ピカソといった、近代絵画のコレクションが展示されていましたが、その中にゴーギャンの絵が2点ありました。

その内一点は、タヒチの神話の、神にみそめられて女神となった女性を描いた絵でした。エジプトの壁画風に描いたものだそうですが、彼の作品は色彩感覚といい、独特ですね。

私は、それほど彼の絵が好きなわけでもないですが、その絵を見ていて、35歳という遅さで画家に転身し、55歳の若さで南太平洋の未開の島で亡くなった、彼の人生に思いが馳せました。

彼は元々株式の仲買人で、その前は船員や海軍水兵でした。タヒチへやってきたのは、虚偽に満ちた文明社会を嫌い、原始的な生活の中にこそ、真実があると思ったからでした。実際は、タヒチはすっかり植民地化されていて、そこでの生活は苦しく、彼が思い描いていたような楽園ではなかったわけですけどね。

ゴーギャンは、タヒチの神々や東洋の輪廻の思想に関心を持っていたようです。

「もし我々が、この世に生まれてくることによって始まるのでないとすると、仏教徒のように、我々は常に存在してきたのだと信ぜざるをえなくなる」という言葉、或いは、かつて共同生活をおくったゴッホの訃報に際しての、「彼は今まさに、この世でなした善行の成果を携え、一つの生に戻ってゆくのだろう(ブッダの教えによれば)」といった言葉からは、彼の中に、そういった宗教観があったことがうかがわれます。

彼の代表作に、「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこに行くのか」という大作があります。(確かNHKの何かの番組のオープニングに使われていると思います)彼が安定した生活を捨てて、貧困と苦難の画家の人生を選択せずにはいられなかったのは、心の底にあったこの問いかけに、突き動かされてのことだったのかも知れませんね。

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