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2006/02/13

河井寛次郎の陶器

先週と先々週の土曜日に、テレビ東京系列の番組「美の巨人達」で陶芸家の河井寛次郎さんをやってましたね。

河井寛次郎さんは、焼物なんかに全く関心がなかった私が最初に好きになった陶芸家。

番組を見て、京都五条坂にある河井寛次郎記念館(元寛次郎さんの住居&仕事場)に久しぶりに行きたくなりました。

あそこは、置いてあるどの作品が良いかとかじゃなくて、寛次郎さん設計の、古の趣のある建物全体が、一個の芸術作品。不思議な静けさが漂う、癒しの空間です。テーブルやイスも寛次郎さんの作。そこでの日々の暮らしと仕事そのものが、「美」だったのですね。

Pict0670

これは、京都の大山崎山荘美術館で、寛次郎さんの展覧会があった時の写真です♪

番組で、若いデザイナーの人が、寛次郎さんの陶器の形を見て、「何だ、これは」と感極まって、泣いちゃったことがある、と言ってたのは、よくわかるなぁ。

何ものにもとらわれずに、内奥から湧き上がってくる、生きる喜びを自由に表現しているんですよね。

Pict0675

同じく大山崎山荘美術館で展示されていた陶器。

70ぐらいの時の作品だと思います。

赤や黒や緑の強烈な色彩の釉薬を、器に打ち付ける激しい表現をしていながら、いやらしさがなく、落ち着いた品格があるのは、寛次郎さんの人格がなせるわざですね。

私は寛次郎さんが残してくれた言葉や文章がとても好きですが、その中から一つ紹介させていただきます。

悲しんでいても喜んでいる者がいる
怒っていても喜んでいる者がいる
苦しんでいても喜んでいる者がいる
生命は怒りや悲しみや苦しみでは―そんな外側のものではどうする事も出来ない

意識の下層部にいる生命はそんなものではかすりきずさえも付けることは出来ない
生命はどんな事が起こっても喜んでしかいない

だからこそ生命は生き切るのだ(生命が不死なのは其為なのだ)

人が喜ぶとひとりでに愉しくなるのは

内にいる生命体なる喜びと合体するからである

どんな苦しい時でも、自分の奥底にある生命は喜んでしかいない、と言い切れるのは、すごい!と思いますね。

「河井寛次郎の宇宙」(講談社)という本に収録されているので、関心のある方は是非読んでみてください♪

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