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2006年3月

2006/03/26

風韻誌とHPに関するご報告

以前の記事で紹介していた「風韻誌2月号」の販売部数が、目標にしていた600冊を超えました☆(650部刷っています)

メンバーの皆様が、「一人でも多くの人に読んでもらいたい、世界平和の祈りのことを知ってもらいたい」と思って、普及してくださっているおかげです。本当にありがとうございます。

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この前は表紙を紹介しましたが、今回は中身を。

「コスモス問答 あなたの質問に答えます」のコーナー。

法話会で父が参加者の方の悩みや人生相談に答えて、五井先生のみ教えについて話したものを文章化しています。

以前の風韻誌に掲載されたコスモス問答

父の講話が主ですが、会員の方の、お祈りの生活をする中での体験談や文章も載せています。

早いもので、もう次の4月号の準備です。この前、年が明けたばかりだと思っていたに・・・メンバーの皆様で体験談があるという方は、メールででも結構ですので、遠慮なさらないで、どしどし送ってきてくださいね。

それと、天奏家 尾崎元海の世界のHPが、YAHOOの生活と文化>宗教>スピリチュアルリーダーのカテゴリィに登録されました!

「芸術と人文」のカテゴリィに二度申請して落ちて、あきらめかけていただけに、すごく嬉しいです。

父の書は宗教美術だから、宗教のカテゴリィの中に、新しくアートというカテゴリィを作ってくれるよう申請したんですが、YAHOOの判断でここに登録されました。

今、スピリチュアル関連の番組や本が多くて、そういうのがブームですし、いろんな人に見ていただきやすいカテゴリィじゃないかな、と思います。

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2006/03/19

江戸時代の看板

きのうの朝日新聞に、昭和ネオン(屋外広告の会社)の先代の社長が収集した、江戸時代からの古い看板を展示するミュージアムがOPENする、という広告が載っていました。
その広告に、昔の木製看板が写真で幾つか紹介されていましたが、温かみがあっていいなぁと感じました。
中々遊び心があって、例えば、髪結屋の看板は人間の頭の形を、御茶屋の看板は茶壷の形を、そのまま象っていて、一目見て何の店の看板か、というのがわかるんですね。
あるいは、「鎌」「輪」の絵と「ぬ」の文字を刻んで、「構わぬ」と表現した看板。武術道場の看板で、一説には「見るだけなら構わないが、手合わせはごめんこうむる」という意味なんだとか。
こういうのを見ても、日本文化って豊かだな、と思います。これらの看板を掲げて商いをしていた、江戸時代の人たちの暮らしが偲ばれます。
この前京都でやっていた「柳宗悦と民藝の巨匠たち展」にも、昔の筆屋の看板が一点展示されていましたが、柳さんは、「日本の看板は太く豊かな趣と、ゆったりとした美しさがあり、世界中で最も優れたものだ」と賞賛されていました。
けれども、「今の時代は科学的には進んだが、民衆の美意識は低下して、昔と比べて、看板の色も、形も、文字も、図案も悪くなってしまった」とも言っておられました。
私たちは、もっと昔の良いものを見直して、もともと日本人が持っていた、豊かな美意識を取り戻していかないといけないかもしれませんね。

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2006/03/17

斉藤先生の仏画

今日は、我が家に飾ってある、斉藤秀雄先生の仏画を紹介します♪

斉藤先生は、だいぶ前に亡くなられましたが、白光真宏会の講師だった方で、祈りによる平和運動の普及に生涯を捧げられました。私の両親も、斉藤先生には、色々とお世話になったそうです。

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2階に飾っています。昔、父が知り合いの白光の会員の方から、譲っていただいたものだそうです。

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菩薩像のアップです。穏やかな顔をしています。

私は仏画はそんなに好きでもないのですが、数年前、それまで押入れにしまってあった、この絵をはじめて見たとき、強く心に響いてくるものがあり、感動で胸が一杯になってしまい、「これは、すごい絵だ!」と感じました。(面白いことに、そのような不思議な感じ方をしたのは、初めて見たそのときだけでした。)
その時は、斉藤先生のことを名前しか知りませんでしたが、この絵を見て関心を持ち、昔の白光誌に掲載されていた斉藤先生の文章を読んだり、斉藤先生が地方巡行した際のテープを聞いたりしました。

斉藤先生は、とてもユーモアのある方で、五井先生と同じ江戸っ子のしゃべり方が歯切れが良くて、聞いていて、実に気持ちが良いのです。
現在、コスモス会で、五井先生の講話を聴く会を、一ヶ月一度、定期的に開いていますが、斉藤先生のテープも時々聞くことがあります。

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菩薩の両脇には、般若心経が、篆文で書かれています。
こんな小さい字を、これだけの量を間違いなく書くのは、大変な集中力がいりますね。
中国の大同の石仏の間に刻まれていた、般若心経をお手本にしているそうです。

昔の白光誌に、この仏画を描くようになった敬意が書かれていて、大変興味深い内容でした。
斉藤先生は、元々とても絵が下手だったそうです。
それが突然、美しい仏画が描けるようになり、五井先生にお見せしたところ、五井先生は「斉藤さん、これはあなたが描いたんじゃなくて、神様が描かせたんですよ。どんな絵の下手な人でも、神様が使えば、こんなに素晴らしい絵が描けるんだ、というのをみんなに教えるために、あなたを神様がお使いになったのです」とおっしゃられたそうです。

全部で、何点ぐらいの作品を描かれたのかわかりませんが、仏画以外にも、龍の絵や、イエス・キリストの絵なんかもあるそうです。
機会があれば、他の絵も色々見てみたいものです。

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2006/03/14

水彩絵具で描いた暈かしの書

今日は父が書いたぼかしの書を紹介します。

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デュイスブルグでのギャラリーで展示したものです。

紙の上に刷毛で水を塗った上に、水彩絵の具で描いているので、字が自然に滲んで、独特な味わいを出しています。イギリスの風景画家に、ターナーという有名な人がいますが、淡い色彩で自然の微妙な美しさを描いた彼の絵を見て、書でもできないかと思って、やってみたそうです。どのように滲むかは、書き手の計らいを超えたものなので、そこが面白いのだそうです。

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右は、父が生けた生け花。父の生け花を紹介するといっておいて、全然紹介してないですね・・・これから、もっと取り上げるようにします。

ここで、尾崎元海の書のファンには耳寄りなニュース(^^♪
今年は、4月から神戸を皮切りに、講演会と書のミニギャラリーをやるので、また新しく書を書くと思います。
ここ2,3年、色々と新しい表現方法に挑戦してきたわけですけれども、この前、書に関する本を色々注文してまして、その中に「梵字アートを楽しもう」という本もありました。梵字は、仏典を書くためにインドで生まれた文字。これまで仏教の言葉を好んで書いてきた父には、ぴったり合う文字ではないでしょうか。
いつになるかわかりませんが、きっと書くと思いますので、楽しみにしていてください。

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2006/03/10

梅林公園&イノシシ

最近パソコンを新しく買い換えて、光ファイバーにしました♪
これまで使っていたのが、おそろしく重かったので、スピードが天と地の違いです。
前のパソコンは5年ほど前に購入したのですが、ノートンのウイルスセキュリティを新しいのに変えるたびに重くなっていき、ワードを使っていたらフリーズ、メールを書いていたらフリーズ、ブログの新しい記事を投稿したらフリーズ、フリーズ!フリーズ!!とフリーズの嵐でした(^^ゞ
ぜんぜん使わないソフトがいろいろ入っていたので、それをアンインストールすれば軽くなったのかもしれませんが、ひょっとしたらいずれ使うかもと思って、そのままにしてたんですよね。(結局使いませんでしたけど)
まあ、これでパソコンを開くたびに、毎回のように途中で動かなくなり、強制終了していた悪夢から開放されるわけで、ホントに良かった、良かった(*^_^*)

ところで、この前の日曜日、岡本の梅林公園に行ってまいりました♪阪急岡本駅から、ちょっと坂を上がったところにあります。(歩いて15分くらいだったかな?)

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今年は寒かったので、全国的に開花が遅かったみたいですが、大体咲いてました。
梅っていろんな種類があるんですね。黄色の梅とか、しだれ梅とかもありました。

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阪急の岡本駅に帰る途中、河原でイノシシが二頭気持ちよさそうに寝ているのを発見!
こんなところにも降りてきてるんですね~

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2006/03/05

五井先生の随想~ルノワールの絵~

この前、ゴーギャンの記事の中で、大阪の国立国際美術館で開かれていた、プーシキン美術館展のことを少し書きましたが、一番私の好みだったのは、会場入ったところに飾ってあったルノアールの「黒い服の娘たち」とモネの「白い睡蓮」の絵でした。この二人は、絵画なんて全く興味がなかった私が、最初に好きになった画家です。

ルノワールは「私にとって、絵とは好ましく、楽しく、美しいもの、そう美しいものでなければならないんだ!人生には不愉快なことがたくさんある。だからこれ以上、不愉快なものをつくる必要なんかないんだ。」ということを言っていますが、彼の芸術観を端的に示したものでしょう。すごく単純な言葉ですけれども、その信念を最期まで貫くというのは、やはり大変なことだろうと思います。

ルノワールは、悲しい、寂しい絵を描かなかった唯一の巨匠と言われますが、彼の人生の中で、人並みに悲しく辛いことは色々とあったことでしょう。晩年は、手が変形してしまうほど、リュウマチがひどくて、手に筆を縛り付けて描いた、というのは有名な話です。

しかし彼の絵には、苦しみというものは一切感じられず、常に幸福感に満ちています。

五井先生の「神への郷愁」というご本の中に、このルノワールの言葉を取り上げた文章があります。「美の探究」という随想です。

「神への郷愁」からの引用です。

ルノワールの画には、この世のみじめさや、きたなさは、少しも画かれていない。生命の美しさ、女性のもつ肉体の美と自然の風景の中にある、円満な輝やきが、観る人の視覚を通して心に沁みてくる。近頃は、やたらに、人間の醜さや、この世のきたなさをえぐり出すことによって、真実の世界を画いているような気の画家や小説家が多くなっている…〈略〉…

そういう醜さやきたなさは、人間の真実でも、この世の真のすがたでもない。私流にいえば、すべて神のみ心を離れていた人類の想念行為の消えてゆく姿であって、真実の地球世界、真実の人類というものは、尊く美しく、光り輝いている神の生命に他ならないのである。だから、そうした尊い美しい人間性や自然のすがたこそ掘り下げ掘り出して、画き出してゆき、この世を美しい輝かな生命の交流し合う世界にしてゆかなければいけないのだ。


「神への郷愁」は、良寛の書や、バッハやベートーベン、ゴッホなど、芸術の分野を取り上げて、真理の道を説いておられる随想が幾つかあって、五井先生の本の中で、私がよく読む一冊です。私がルノワールなどの絵画に惹かれるようになったのは、大学2年生の頃からでしたが、芸術への関心の深まりと同時に、宗教の世界への関心が深まりました。
私の中では、芸術と宗教は別々のものではなく、根本において一つのものです。

人によって芸術観というのは、様々でしょうが、私にとって芸術とは、人の心を美しくし、平和に導くものです。人に生きる勇気を与え、心を高め上げるものです。自分の中にあるいのちの輝きをそのまま素直に現していくことが、私にとっての、芸術であり、そして宗教だと思っています。

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2006/03/01

コスモス会の活動内容

今日は、父が主宰している「コスモス会」の活動内容について、少し紹介させていただきます。先月、会の機関紙の「風韻誌」を紹介した際も書きましたが、コスモス会は、宗教思想家の五井昌久先生(1916~1980)が提唱された世界平和の祈りを、多くの人にお伝えすることを目的として、活動をしている非営利団体です。

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コスモス会本部道場での、法話会の様子

道場の下の階が、ギャラリーになっていて、父の書やメンバーの絵画の展示・書をプリントしたTシャツなどのグッズを販売しています。

本部を大阪市旭区に置き、神戸・奈良など関西を中心に、出雲・鹿児島などで集会所活動を行っています。

会を維持していくために、会員制度を取っていますが、会員でない方でも、事前の申し込みがあれば、道場・集会所での「法話会」や「お祈りの会」、「五井先生の講話テープ拝聴会」といった集まりに自由に参加できます。(定期的に開いている父の書の「展覧会」や、4月以降開催予定の「講演会」は、事前申し込みはいりません。展覧会や講演会に関する情報は、HP天奏家 尾崎元海の世界でお知らせしていく予定です♪)

尚、あたりまえのことですが、当会では会への強制的な勧誘活動等は一切行っていません。(最近困ったところが多いですからねぇ^_^;

五井先生の提唱された「世界平和の祈り」は、キリスト教の人でも、仏教徒でも、どの宗教団体に所属している人でも、どなたでも自由に祈ることができるのが、実にいいところです。

「法話会」では、父が主に、日常生活の中で、どのように祈りと神様への感謝と全託を深めていくか、ということについて話し、参加者の方の質問(人生相談的なことも含めて)に答えたりしています。

当ブログで、コスモス会の活動内容を、これから時々紹介していきたい、と思っています。

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