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2006/06/27

沈壽官さんのこと

この前、父が鹿児島に法話会に出向いた際、薩摩焼の陶器を買ってきてましたが、その窯元が紹介されているガイドブックをちょっと読んでいましたら、沈壽官窯の14代目の方が紹介されていました。
この方は、司馬遼太郎さんの「故郷忘じがたく候」という本にも紹介されていて、知人の韓国料理店のオーナーの方が、読んでみてください、と言って、その本を下さったので、以前読んだことがあります。
薩摩焼は、萩焼など他の多くの九州の焼き物と同じように、秀吉の朝鮮出兵の際、日本に連れて来られた陶工によって始められました。

「故郷忘じがたく候」の中に、沈壽官さんがソウル大学で、講演した際の話があります。

「韓国に来て、若い人の誰もが日本の圧制について語るのを聞いた。もっともであるが、あまり言い過ぎるのは、どうであろうか。新しい国家は前へと進まなければならないのに、この後ろ向きの心情はどうであろう。あなた方が36年をいうなら、私は370年を言わねばならない」

時には、涙のために絶句しながら、それに照れて冗談を飛ばしながら話す彼の言葉は、韓国の聴衆者の心を揺さぶったのでしょう。最後の言葉が終わると、聴衆者は、彼への友情の気持ちを、韓国の全土で愛唱されている青年歌に託して、歌声を湧き上がらせたそうです。

このくだりを読んで、沈壽官さんの、韓国と日本に対する想いに、胸が熱くなる気がしました。

「土に祈り、火を畏れつつ、手先でなく心で作る」というのが、14代沈壽官さんの信条だそうです。

先ほどのガイドブックに、「千度を超える窯の中は、人の手の及ばない世界。窯の神の御心のまま。でも、失敗するのは人間のせい。真剣に力いっぱいぶつかれば、窯はこたえてくれる。そのためには手先で作らず、心で作ること。焼き物は総合芸術だから、作り手の人間観や思いが作品に表れる。手先の器用さでなく、スケールの大きい人間になる必要がある」と沈壽官さんの言葉が書いてありました。

さすが、良いことを仰られるなぁ、と思いました。
沈壽官さんは、ご自身の作陶のことについて語っておられるのですが、全てのことに通じる良い話ですね♪

父は鹿児島で、幾つか窯元を回ったけども、沈壽官窯は、とても浄まった、伝統の気風が残ったいいところだった、と言っていました。

それに対して、ある別の店は、形はまあ良いのだけれども、作り手(店の人)の我の想い、売らんかな、という思いが強すぎて、感心しなかった、と言っていました。

芸術というのは形がいくら良くても、技巧がいくら卓越していても、その人の思いが低かったら、駄目なんですね。
絵画でも、書でもみんなそうですね。
面白いものです。

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