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2006/07/02

斉藤先生のこと

以前、斉藤先生の仏画を紹介しました。
斉藤先生は絵が全く下手だったのが、突然仏画を描けるようになったそうで、不思議に思って、五井先生にお聞きすると、「どんな絵の下手な人でも、神様が使えば、こんなに素晴らしい絵が描けるのだ、ということを皆に教えるために、神様があなたをお使いになったのですよ。あなたの画は、三人の神霊が描かせているのです。一人は古い時代の女性画家、一人は雪舟、もう一人はルネサンスの画家フラアンゼリコです。」とお答えになられたそうです。(以前紹介したのは、雪舟が描かせた絵だそうです)

また、斉藤先生は、大変な神癒の力があって、多くの人の病を癒されたそうで、何でもイエス・キリストを通して働いていた治癒の大天使が後ろについておられたそうです。
守護神は伝教大師だったそうで、色んな高級神霊が斉藤先生を通して働かれたわけです。

そんなすごい人が、一体過去世どんな立派な聖者だったのかと思えば、何でも、前世が盗賊の親分、前々世が海賊の親分だったそうで、村田先生が、五井先生の所に来たばかりの頃の斉藤先生を見て、「ああ、なんて業が深い人が来たんだろう。あの人は、二十回生まれ変わっても消えないような悪業を一杯持っている」と言った程だったそうです。
ちなみに母は、法話会で斉藤先生がその話をしているのを、直に聞いたことがあったそうですが、その場に村田先生もいらして、「斉藤先生、申し訳ありません」と謝っている姿が、とても可笑しかったそうです。(^^ゞ
ところが、そういう人が、病気や貧乏や様々な苦しみを全て過去世の因縁の消えてゆく姿であると、守護霊様・守護神様に感謝しつづけ、世界平和の祈りに全託したことで、業因縁をすっかり超えてしまい、まるっきり以前とは別人に変貌してしまったわけです。

頌春譜という斉藤先生の詩があります。

エッコラ ヤッコラ ドッコイショ 
どうやら ここまで きたけれど 
ドッコイ これでいいのかな

なんでもいいから もういちど
いのちを かけて とんでみろ!

いっさい がっさい きえた あと
のこった ものは ただ一つ

ひかり かがやく ごい せん せい
ごいせんせいは ありがたきかな
(白光出版 霊験巡講記 斉藤秀雄著より)


「一切合切消えた後、残ったものはただ一つ光り輝く五井先生」という言葉通り、実際に斉藤先生が集会で五井先生のお話をする際、何人かの人が、斉藤先生の顔が、髭の濃い、髪の毛のふさふさした五井先生のお顔に変わってしまう、という現象をはっきり見たそうです。
そのことに関して、五井先生は、「これから五井先生の熱心な弟子の中から、五井先生を語るとき、五井先生に変貌する者が増えてきますよ。斉藤さんは五井先生第一号ですね」と仰られたそうです。

斉藤先生の祈り一念の人生というのは、これからも、五井先生のみ教えを実践する多くの人たちの光明となり続けることと思います。

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