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2006/07/13

父が書を始めた経緯

ココログ(私が使っているニフティのブログサービス)が、4日間ほどメンテナンス中だったみたいで、ここしばらく記事を投稿することができませんでしたが、今日終了したみたいです。

最近、ココログの管理画面で操作するのが、やたら重かったのが、無事解消されてました☆

さてさて、今日は、父が書を始めた経緯なんかを書いてみたいと思います。

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父の書と生け花。
奥の書は、最初見たとき「飴」かと思いましたけれど、そうじゃなくて「龍」です。


父は誰かに書の書き方を教わったことはなく、全くの我流です。

せいぜい小学校の頃の習字の時間に教わった程度で、書いても、字が半紙をはみだしてしまうような、さっぱりの状態でした。

そんな父が書に関心を持ちだしたのは、五井昌久先生の書を、聖ヶ丘道場や白光の支部・集会所で見るようになってからでした。

五井先生にお会いしてから、父は様々な霊的な体験をするようになり、五井先生の掛け軸から、燦然と光が吹き上がってくるのも、はっきりと肉眼で見えるようになっていました。

以来、良寛さんや出口王仁三郎さんといった優れた宗教家をはじめ、色々な人の書を見るようになったそうですが、京都の霊山(りょうざん)歴史館で見た、西郷さんの書は、不思議な暖かい光が吹き出ていて、とても印象に残っているそうです。


父が書を始めたのは、46歳頃からです。
心の内奥から、「書を通して神様の命、本源世界を現せ」という天来の声が強く押し出してくるようになり、やり始めたそうですが、何せ、それまで書をまともにやったことがないわけですから、最初は、本当に下手な字だったそうです。

それでも、奥の神様が書を書かせようとしているのが、わかったので、結果を気にせず、神様に任せて、気楽な調子で書き続けたわけです。

「天奏家 尾崎元海の世界」というHPのタイトルにもあるように、天(内奥)から流れてくる神の命の響きを、書を通して奏でる、というのが父の書のスタイルです。

作品によって、強い光が一気に流れ込んでくる場合もあるし、柔らかい光が様々な調べで流れ込んでくる場合もある、と言います。
どういうことかというと、書によって、それぞれ異なる神様の光が通ってきているのです。

「私はどういう字を書く時でも、五井先生の称名(世界平和の祈り)に全てを委ねているわけで、あくまで書き手は肉体の私ではなく、浄めの神様であるので、書かされる私は、その度に浄められるわけで、実にありがたいことだと思っています」と、父は書を書くときの心境を語っています。

一点の想いのかけらも入らない作品を皆様に見ていただこうというのが父の念願です。
形だけ見たら下手かもしれませんし、変わっていると思えるものもあるでしょうが、それよりも生命の自在性が表現されており、人の魂を癒すことができれば、それで良しと考えています。

また、これからも新しい表現に色々とチャレンジすると思いますので、父の書のファンの方は、楽しみにしていて下さい♪

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