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2006/09/23

感謝と食事

どこの宗教でも感謝することの大切さを言いますが、自分の普段の生活を振り返ってみますと、いろんな面で、感謝の心が欠けていることに気づきます。

例えば、食事をする場合でも、野菜や動物の生命を頂くことによって日々生かされていることに感謝しないで食べることが多いです。

私たちを生かしてくれているあらゆる生命に対して「ありがとうございます」と深く感謝することは、世界平和の実現ということと、密接に結びついてくると思います。

五井先生は、ちょっと違ったかも知れませんが、こういう意味合いのことを仰っておられたと思います。
例えば、食事で豚肉を食べるとします。豚カツでもブタ汁でも何でも良いのですが、当然、一頭のブタのある一部分を食べて、残りは他の人が食べることになります。そこで、そのブタに感謝しながら食べると、そのブタのほかの部分を食べる、全く知らない人たちにも、光が流れていくんだ、というような話です。

これは先生ご自身がお食事をされるときのことをおっしゃられたのですが、私達の場合であってもそうだと思います。
個人と人類はつながっていて、個人がどういう心でもって行いを為すかが、世界人類に大きな影響を及ぼすと思います。
五井先生の感謝の心と、私の感謝の想いには、大きな開きがあるには違いありませんが、野菜や米や牛や鳥に感謝しながら、神様のいのちを頂くんだな、ありがとうございます、世界人類が平和でありますように、と祈り心でもって食事をすれば、その食材となった動植物を通して、多くの人たちに光明波動が伝わっていくことになると思います。

私達は、物質世界にいる以上、(食べるために)動物を毎日殺めないでは生きていくことができません。そこで、鳥さんありがとうございます、牛さんありがとうございます、世界人類が平和でありますように、という祈り心でもって食べることによって、毎日動植物の命を頂き、生存できているにもかかわらず、そのことに感謝せずに肉体の想いの満足だけを求めて生きている人類全体の業が大きく浄められていくことになると思います。

そのように考えると、その人の心境によって、日々の食事をするという行為が、世界平和を創造する光り輝いた行いになってくると思います。

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コメント

今朝、どたばたしていて、コンビニのおにぎり、サンドイッチを食べながら、この文章を読ませていただきました。
私も、気づいたときには、感謝しながら、食べるのですが、その感謝を意識している時間はかなり少ないと思います。
最近は、食事の前に「いただきます」を言ったあと、心の中で「世界人類が平和でありますように」ということが多くなってきました。
感謝して、よく噛みながら(神ながら・(^^))食べると、その食材になってくださった命様と深く交流できるような気がします。そして、食事の量も少なくてすむように思います。
私はやせているので、たくさん食べて、もう少し肉付きをよくしたいと思うのですが、感謝して、少量をゆっくり食べたほうが、肉付きがよくなるのかも知れません。(外見にとらわれている自分の浅はかさを受け入れつつ・・・)

とにかく、食事の前と後の祈りを大切にしていこうと、このコメントを書かせていただきながら、思いました。

ありがとうございました。

投稿: つるたろう | 2006/09/25 07時59分

祈ることで食材を通して光が流れるという五井先生のお話はすごいことです。目に見えない想念波動の及ぼす影響について常に意識することが大事ですね。

投稿: 縁光 | 2006/09/25 13時15分

つるたろうさま
私はかなり痩せているので、ゆっくりと、たくさん食べないとダメですね。朝をもう少ししっかりと食べたほうがいいのかな・・・
深く感謝しないで食べることが多いですが、それでも「世界平和の祈り」は、習慣になっているので、自然に心の中で唱えています。


縁光さま
一人の人が「世界平和の祈り」を祈ることで、どれほど多くの人に光が流れていっているか、計り知れないものがありますね。
ところで、小説「阿難」は、私も何度も涙を流しながら読みました。ホントに感動の連続!のお話ですよね。

投稿: 晃久 | 2006/09/26 20時26分

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