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2006/11/26

芸術は宗教の母なり

かつて大本教の出口王仁三郎さんは、「芸術は宗教の母なり」という名言を残されました。
普通の宗教者だと、「宗教は芸術の母なり」と言いそうですが、逆にいったところが、非常に面白いところです。
ここで、王仁三郎さんのおっしゃっているところの芸術とは、絵画・音楽・舞踊・詩・文学などの人間が作り為した芸術のことのみではなく、「天地間の森羅万象すべてが神様の芸術的産物である」と捉えての言葉であります。

山川草木・動植物など、その他あらゆるものを創造された大芸術家(大神様)の御心と一体となって生きていくのが真の宗教だ、というのが王仁三郎さんの言葉の真意であって、これには深くうなずかされます。


王仁三郎さんは、楽茶碗や書画に才を発揮されましたが、形の上で創作をしなくても、優れた宗教家と言われる方たちは、みな芸術的情緒が豊かな詩人であると思います。

父は、最初五井先生にお会いしたとき、宗教の先生というより、雰囲気が芸術家のようだった、と言っておりましたが、お写真やビデオで先生のお姿を拝見しましても、何と美しい方なんだろう、と心が揺さぶられます。


今、コスモス会のHPの音声のコーナーで紹介している、法話会の話のなかで、五井先生の短歌や詩を読むことを父が薦めていましたが、私もそれを心がけています。

最近、五井昌久歌集・夜半の祈り(白光出版)を読んでいて、秋の落ち葉をテーマにした歌がたくさんあり、とても心に染みました。
このブログのデザインにも合っているので、幾つか紹介しますね☆


世の乱れここにはあらず一枚の桜落ち葉に神の愛みる

一枚の桜落ち葉にもこもりゐる天地(あめつち)の愛手に染みてきぬ

舞い落ちて土に憩へるはひそかなり落ち葉山林の秋を深めつ

金色に陽(ひ)に照り舞へど人の世のかなしみうつる寺の銀杏(いちょう)葉
 

天地のあらゆる万象を通して、深い神様のみこころを見出してゆけるような、情趣豊かな人間になってゆきたいものですね。

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コメント

最近、「天と地をつなぐもの」を読み返しています。
わたしも五井先生のお顔は「かっこいいなあ」(俗な表現ですが・・・)と思います。
普通を極めた偉大さ。美しさ。うまく表現できませんが、本心に素直であること。そんなことを考えました。

五井先生の偉大さに自分が本当に気づくのはこれからなんだろうな・・・とおもいました。

投稿: つるたろう | 2006/11/27 18時47分

落ち葉は美しいけれど、ご紹介くださった五井先生の歌はもっと胸を揺さぶります。

もっとお歌をときどき読んでみたい、と思います。

投稿: のんのん | 2006/11/27 22時28分

つるたろう様

普通を極めた偉大さ―そこが五井先生の素晴らしいところですよね。
五井先生は、涙もろくて人情味がある庶民的な人柄でありながら、どこまで深いかわからないお方でした。
平凡に徹することで非凡なものが生まれてくるということを、私は五井先生から教えていただいたような気がします。

のんのん様

五井先生のお歌は鳥肌が立つほど美しいです!
この歌集の題にもなっている、夜半、五井先生がお祈りしているときの歌を一首、ご紹介します。

夜半の庭に花咲くらむか祈りゐる我が眼裏に色匂ひくる

投稿: 晃久 | 2006/11/30 22時58分

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