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2007/02/03

村田先生のみ教え研究会

仏教では、よく因縁因果といい、悪いことをしたら悪い運命が返ってきて、良いことをしたら良い運命が返ってくると言います。
しかし、実際は過去世において、神様の御心から外れた行いを、仮に「10」したとしても、今生において、悪い運命となって返ってくるのは、「1」か「2」ぐらいだそうです。
それは何故かと言うと、守護霊さま・守護神さまが、私たちの大部分の業を肩代わりして、消してくださっているからです。

昭和62年の、村田先生の「講師み教え研究会」の中で、このようなやりとりがありました。

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質問者(講師)
五井先生は最低10パーセントとか15パーセントの業は、その人が背負わなくてはいけないものだ、と仰っています。しかしそれは(魂の)磨きとしておかれているものだと理解して受けとめるべきものだと昭和37年の3月号に書いてございますが。

村田先生 
そうですね。今出てきているものは、うんと負けてあるものだ。そのお負けを100パーセントにして、今までの過去世からの分を全部消してしまうと、いままでに積んでしまった負債を返さず踏み倒して、そのままでよい、という訳になります。
これでは消えて行った事にはなりませんので、どうしても返さなくてはならない分だけが、病気や災難等、不幸と見える姿で現われている部分です。本当は、もっともっと大きいものを、小さく小さく、最低限度として出ているものだけです。


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村田先生が仰っておられるように、過去世からの業を神様に全部まけてもらうというわけにはいきません。
どうしても、1、2割は、病気や災難として経験しなければならないわけです。
それらの体験を通して、その人の魂が磨かれ、本心が開発されてくることが大事なのだと思います。


もし、守護霊さま・守護神さまが、人類の業を引き受けて浄めてくれず、悪い想念行為が、100パーセントそのまま悪い運命となって返ってきたら、どっくの昔に人類は滅んでいたに違いありません。
そう考えると、守護霊様・守護神様の存在というのが、いかにありがたいかが、よくわかります。
私達は守護霊さま・守護神様にどれだけ感謝してもしきれるものではないのですね♪


(自分の業ではなく、菩薩行として家系や先祖の業を引き受けて病気や災難を体験するということもありますので、一概に悪い環境に置かれている人が、過去世よくない行いをしたということではありません。むしろ、菩薩的な高い魂の人である場合も多々あるそうです)

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コメント

 そうしてみると不都合はみんな負けていただいた一、二割なので、それが自分の過去生だろうと家系の業だろうと関係なくありがたいんですね。
 そうはいってもちょっとシビアなのが来るとたじたじとなりますが、そういうときもお祈りさせていただくとわりと早めに立ち直ることができますね。♪

投稿: のんのん | 2007/02/03 21時37分

いつも、ありがとうございます。
こういうことがわかると、どういうことが起きても、どういう人と出会っても、感謝しかなくなりますね。
幸い、今日は特に嫌なこともなく、嫌だなあと思う人もなく、・・・といった一日でした。
今、幸せな気持ちでこのコメントを書かせていただいています。
守護霊様ありがとうございます。
守護神様ありがとうございます。

投稿: つるたろう | 2007/02/04 17時03分

私自身、嫌なことがあると、中々感謝できない時もありますが、後になって落ち着いてから「ああいう形で業を消していただいたのだなぁ」と素直に思えるときに感謝できれば、それで良いのだと思っています。

投稿: 晃久 | 2007/02/05 22時00分

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