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2007/03/27

五井先生への全託に徹した青年2

先日書いた「五井先生への全託に徹した青年」の続きです。

Y青年が亡くなって、4・5日後の話です。
聖ヶ丘統一会で、斉藤先生が、大勢の人たちと一緒に統一しているとき、霊身のYさんが斉藤先生にお世話になったことの御礼をいいに現れます。

以下、昭和38年の白光誌に掲載された、斉藤先生の文章からの引用です。「  」内はYさんの言葉です。

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「神界へ来て一番びっくりしたことは、現界では五井先生と気安くいっていたのですが、今はその一言が大変なことだということが解りました。ここでは、もう地上の知識や言葉などは何の役にも立ちません。
只一つ五井先生というお祈りがあるばかりです。五井先生、この言葉が凡ての凡てです。神々も諸聖者も、ここでは皆、五井先生、五井先生です。で、どんなことでも凡て五井先生で通じるのです。
でも、それは現界でいう五井先生という言葉ではありません。つまり心のひびきです。
私はまだここへ来ては新参者なので、この気持ちをうまく表現することが出来ません。斉藤先生なら、いつも統一の時に神界へおいでになっていたからお解りでしょう。
お蔭様で、死の寸前まで五井先生、五井先生というお祈りを祈りつづけていたので、ここへ来ても少しも不自由を感じません。
五井先生という唱名はまったく素晴らしいです」

ああそうか、成る程現界の五井先生は、大神様と一体になられた方だ。宇宙神の化身だ。神界の上層なれば、宇宙神のみ心、大神様のみ心、そのまま有るばかりだから、五井先生と思えば、そのまま宇宙神のみ心のひびきとなって響き渡るのだ。
と思った時、「そうです。そうです、斉藤先生その通りですよ
達夫さんの嬉しそうな声が光の波になってひびいて来ました。

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父がよく「皆さん方が亡くなってあちらの世界に行ったら、自分がこれまで行ってきた祈りというのがどれほど凄いものだったか、一遍にわかりますよ」と言いますが、Yさんの話からもそのことがよくわかります。

この文章を読んで感じることは、神界には五井先生のひびきしか存在していないのだ、ということです。

斉藤先生は「五井先生は世界平和のお祈りのご本尊さま」という表現をされていますね。
「世界人類が平和でありますように」という祈りは単なる言葉ではありません。
「世界平和の祈り」は五井先生の、全人類を一人残らず救いとろうとする大光明そのものであって、その中にあらゆる神々が働いておられるわけです。

私達は、五井先生!とお呼びすることで、大神様の大光明の中に深々と入り、自分の本心に統一していくことができるのです。

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