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2007/04/13

真の平和とは

多くの人が自分の家庭が、国が、世界が平和であることを願っています。
しかし、「平和」というのをどのように捉えているか、それは人によって差異があるように思えます。

五井先生が仰っている「平和世界の実現」というのは、単に戦争がなくなるということだけではありません。
「今日も、何事もなくて平和だねぇ」という平和でもありません。

真実の世界平和の達成とは、人類すべてが神の子としての姿を完全に現す、ということです。
神界の完全調和した世界が、この地上に完全に映し出されるということです。

人間を肉体だけの存在だと考え、いくら現象世界を良くしよう、苦しんでいる人を助けようと思っても、それだけでは世界を本当に平和にすることはできません。

現象世界だけの平和をいくら願い、仮にそれが実現したとしても、人間の心が神様に深く繋がっていないのであれば、それは砂上の楼閣のような、はかない平和です。


聖書に、イエスさんの「われ地に平和を投ぜんために来れりと思うな、反って剣を投ぜん為に来れり」という言葉があります。

イエスさんの言葉は、その言葉の奥の深い真意がわからないと、一見首をかしげたくなるようなことがあります。

五井先生はこの言葉を聖書講義(白光出版)で
「人間の神性霊性を忘れて、ただ物質的生活に平和を求めているようなことでは、遂には地球人類は滅びてしまうので、そんな目先きだけの平和を打ち破るために自分は来たのだ、とイエスはいうのですが、そういうイエスの態度の中から、真理の生き方が真実にわかった人がどれほどいたことでありましょう」
と解説しておられます。


いくらこの世的に幸せで平和な生活が送れたとしても、亡くなってから、あちらの世界でみんな迷っていたのでは何にもなりません。

真の世界平和は、五井先生の提唱された世界平和の祈りの中にあります。
なぜならば、この祈りは、完全調和した神界から天下った祈り言葉だからです。

「世界人類が平和でありますように」

この祈りによって、人間は肉体であるとの誤った考えから生じたあらゆる業想念が浄まることによって、真の世界平和は実現するのだと思います。

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