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2007/06/14

続・如是我聞より

最近、「続・如是我聞」を読んでいて、この五井先生の言葉がとても心に響きました。

「私はここ百年、2百年間のことより永遠の生命をつねに見つめ考えている。百年、2百年のことは大体決まっているようなもので、それが地に現われてくるのである。
だから目先のことに一喜一憂することはないのだ。
一喜一憂しなくなると、脚下照顧となって、一日一日が大切になってくるのである。」

(続・如是我聞  高橋英雄編)

この文を読んで、肩の力が抜け、肉体の力みから解放されるような、安心した気持ちになりました。

きっと、神様は私たちの本心を開かせて天命完うの方向へ導き、世界を平和にするための計画を100年・200年単位で、立てておられるのだと思います。

だから悠々とした気持ちで、神様に全てお任せして生きていけばいいのですが、肉体人間は、本当にせっかちで、目先のことばかりにとらわれて、一喜一憂してしまいます。

ここ百年、2百年のことは神様の世界では、大体決まっているのだから、自分のことも、世界情勢のことも何も心配することはないのですね。

もっと気を長くもって、一日一日の祈りの生活を大事にしなきゃいけないですね(*^_^*)

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コメント

ほんとにそうですね。

わたしも、今、この文章を読ませていただいて、肩の力が抜けました。

守護神様は、こんな感じでゆったりとかまえていらっしゃるのでしょうね。

このブログのタイトル通り、「ホッとひといき」つかせていただきました。

ありがとうございました。

世界人類が平和でありますように。

投稿: つるたろう | 2007/06/15 10時35分

なるほど、五井先生のそのお言葉にわたしも安心しました。

現実の世の中を見れば、諸問題噴出でそのつど一憂二憂することばかり多くて、ついマイナス面に想いが向いてしまいます。でも、いろいろあっても、地球人類は大丈夫なのだ!、神様の計らいによって絶対善い方向に進んでいくのだ!と、そう信じて、大きく構えて祈ってゆくことが「消えてゆく姿」で世界平和の祈りの実践なのだと改めて思いました。

私達の天命が完うされますように

投稿: 縁光 | 2007/06/15 22時08分

そっかー・・・と、私は肩と涙腺が緩みました。つい日本や世界の諸問題に気を取られがちになりますが、神様に気を取られていればいいのですよね。

投稿: のんのん | 2007/06/16 22時45分

皆さま、コメントありがとうございます♪

自分自身のことにしろ、世界情勢にしろ、途中過程はいろいろなことがありますが、長い目で見たら、間違いなく良い方向へ導かれているのだと思います☆

投稿: 晃久 | 2007/06/17 20時46分

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