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2007年7月

2007/07/28

饗応不尽

陶芸家の河井寛次郎さんの詩を一編紹介します。
寛次郎さんが76歳で亡くなった年の詩で、最後の個展の案内状に記された言葉です。

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「饗応不尽」

無数のつっかい棒で支えられている生命
時間の上を歩いている生命
自分に会いたい吾等
顧みればあらゆるものから歓待を受けている吾等
この世へお客様に招かれて来ている吾等
見尽くせない程のもの
食べきれないご馳走
このままが往生でなかったら
寂光浄土なんか何処にあるだろう


(「河井寛次郎の宇宙 講談社」より引用)
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このままが往生でなかったら寂光浄土なんか何処にあるだろう・・・何とすごい言葉でしょうか!

寛次郎さんの陶器と同様、詩も、本当に深い深い世界を現していると思います。

自分に会いたい吾等―私たちは奥深くにある真の自分を見つけ出すためにこの世に生れてきたのだと思います。
それと、寛次郎さんにとっての、「自分」というのは、自分も他人もない、すべてのものの中にある「一なる大生命としての私」という意味合いも込められていたように思います。

食べきれない御馳走というのは、食べ物のことじゃなくて、美しいものの事の喩えでしょう。
私たちは、多くの生命によって支えられて生かされ、私達の周りには見尽くせないほど、味わい尽くせないほどの美が溢れています。
その事実に対して、寛次郎さんほど深く感謝することは今の私にはとてもできていませんが、少しでもその心境に近づけていけたら、と願っています。

※「饗応不尽」とは尽きない宴の意です。

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2007/07/25

原稿募集

現在風韻誌9月号(8月25日前後発売予定)の原稿を募集しております。
締め切りは、来月の6日~7日頃までとなっています。
日々世界平和の祈りを実践する中での、みなさまの貴重な体験談等をお寄せください。
よろしくお願いいたします。

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2007/07/19

祈りの拠点

ふと気になって調べてみたんですけども、今月、コスモス会の道場・集会所で集会を開かない日は、3日しかありませんでした。(海外も含めて)
ほとんど毎日、どこかでメンバーの方達が集まって、世界平和のお祈りをしているわけです。

1000人ぐらいメンバーがいるのならともかく、誌友会員・推進会員合わせて200人ぐらいでしょうから、これってちょっとすごいことだと思いました。
皆様方の祈りにかける熱意には、本当に頭が下がる想いです。

来年以降は祈りの拠点をもっと増やしていければいいですね。
一定数、この方面に関心がある人、道を求める人が集まって下されば、新しい地域で法話会を開くことができると思います。
そこで、法話会を1回開いて終わりじゃなくて、続けて集会所を開くことができれば理想的です☆

メンバーの皆さま、色んな地域にお住まいだと思いますが、「ここに来て欲しい!」という強い要望があれば、遠慮なさらずに言ってきてください。

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2007/07/18

神戸法話会報告

先日の神戸法話会は50名前後の方たちが参加してくださいました。

神戸集会所での法話会としては、これまでで最も多い参加者数で、全員が部屋に入りきれず、何人かのメンバーの方たちには、入り口付近の廊下に座っていただくことになりました。
申し訳ないことですが、たくさんの方に来ていただけるのはとても嬉しいです。
初めての方や久しぶりの方、福岡や鹿児島、ドイツ支部のメンバーの方も来て下さっていました。

次回の本部以外での法話会は、8月4日(土)に大阪府立労働センター(エル・おおさか)で開催します。
また、お知り合いの方や新しい方を連れてお越しいただければ幸いです。

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2007/07/13

神性を見出す

ヨガ・ナンダの「あるヨギの自叙伝」の中に、このようなババジのエピソードがあります。

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「それはアラハバードにおけるクンバメラのときだった」
ラヒリ・マハサヤは語られた。

「私は役所の休暇を利用してそこに出かけた。おおぜいの僧侶や行者たちが、この聖なる祭に参加するために、遠方から集まって来ていた。
彼らの群れにまじって、私が歩いていると、からだに灰を塗りつけ、髪をぼうぼうにして托鉢の椀を手にした一人の行者が目にとまった。
ふと私の心に、この男は世を捨てた隠者の身なりはしているが、心の中はまるきり俗臭に満ちたにせものではないかという思いが湧いてきた。
ところが、その行者のそばを通り過ぎようとしたとき、薄ぎたないその男の足もとにババジがひざまずいておられるのを見て、わたしはびっくりしてしまった。
『大師よ。』私はババジのそばに駆けよった。
『こんなところで何をしていらっしゃるのですか』
『私はこの行者の足を洗い、それからこの食器を洗ってあげるのだ』
ババジは、私に向かって子供のようにほほえまれた。
私はババジがわたしに、人を批判することなく、どんな愚かな人の中にも等しく宿りたもう神を見よ、と暗に教えておられるのだと悟った。
ババジはさらにこうおっしゃった。
「私は賢い行者にも、愚かな行者にも、等しく奉仕することによって、神に最もよろこばれる最高の徳―謙譲の徳―を学んでいるのだ」

(パラマハンサ・ヨガナンダ著 「あるヨギの自叙伝」 森北出版刊より)


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ババジ(尊い父の意)は、普通の人間のように肉体の母親から生れたのではなく、霊体をそのまま肉体化して現れたヒマラヤの大聖者であり、数千年にわたって肉体身を保持しておられました。
五井先生は、中国の老子がインドでババジという名で現れたのだと仰っておられました。
(老子は、白髪三千丈の翁といったイメージがありますが、ババジは肖像画を見ても、30歳ぐらいの美しい青年の姿をしております。)

「人の内なる神性(仏性)を拝みなさい」ということを多くの宗教で言います。
言葉で言うのは簡単ですが、聖者は言葉だけでなく、実際の行いによって真理を伝えられます。
五井先生もそうでした。

私は、ふと、ババジとこの行者のエピソードが、守護霊・守護神さまと現在の人類の関係を象徴しているかのように思えました。
守護霊様・守護神様は、業想念に厚く覆われた人間の中に、光輝く神性を常に見い出してくださり、汚れた体をいつも洗い浄めて、奉仕して下さっているのです。

神のみ心に大きく外れている人を見ると「嫌だなぁ」という感情が正直湧いてきます。
全くの赤の他人ならともかく、自分の身近にいる人であれば、尚更そう感じるかもしれません。
しかし、そう感じれば感じるほど、「こんな人を守っている守護霊様の愛は何と深いものであろうか。本当に有難いことだ」とも感じます。

すべての人間の中に神性を見出し、守り導いてくださっている、守護霊様・守護神様・五井先生の愛には、感謝しても感謝しきれるものではありません。

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2007/07/10

神戸ギャラリー・法話会のご案内

神戸集会所で、13日(金)から16日(月)まで4日間、父の書のギャラリーを開催いたします。
時間帯は午後1:00~6:00までです。

7月15日(日)は、午後1:30~4:00まで、父の法話会を開催いたします。

みなさま、お時間の都合がつく方は、是非お越しください♪

神戸集会所までの行き方は、本部道場の事務局までお問いあわせください。

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2007/07/04

奈良集会のお知らせ

今週の土曜日、7月7日に生駒市コミュニティセンターで、奈良集会が開かれます。(※普段の集会ですので父は参加しません)
時間帯は午後2:00~4:00です。

毎週、担当者のKさんのご自宅で集会があるのですが、新しい方にも気楽に来てもらおうとのことで、公共の会館でも定期的に開くようになりました。
高殿道場での法話会のビデオを上映したり、集会所のメンバーが体験談を話したりするそうです。
お近くにお住まいの方は、良ければお越しください。
コミュニティセンターへの行きかたは、コスモス会HPの集会所行事案内をご参照ください。

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