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2008年2月

2008/02/10

東山さんの展覧会

京都で開催されていた川端康成と東山魁夷展に行って来ました。

二人が交わした書簡、東山さんの作品、川端さんが所蔵していた美術品など(小林古径もありました)が展示されていて、大変楽しめました。

東山さんは「描く事は祈る事」と言われましたが、本当にその言葉通り、京都の風景やドイツの町並みなど何を描いても、東山さんの絵は「祈りの絵画」という表現がぴったりあてはまります。
東山さんは、終戦間近に召集を受けて、熊本で、爆弾を抱えて戦車に体当たりをする訓練をしている時、熊本城から眺めた、特に珍しくもない風景に、これまで感じたことのない魂が震えるような深い感動を覚えたそうです。
生きる望みがなくなり、死を身近に感じていたからこそ、生命の輝きがかつてないぐらい強く感じられ、絵を描く望みもなくなり、何とかして展覧会で良い成績を上げて早く世に出たい、という願いもなくなっていたから、純粋な心で風景を見ることができたのです。
その時、もう絵を描く日は来ないだろうが、もし万が一、絵筆をとれる時がきたならば、この感動を今の気持ちで描こうと自分に言い聞かせたそうです。
東山さんは人生を振り返って、このように仰っておられます。

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いま、考えて見ても私は風景画家になるという方向に、だんだん追いつめられ、鍛え上げられてきたといえる。
人生の旅の中には、いくつかの岐路がある。中学校を卒業する時に画家になる決心をしたこと、しかも、日本画家になる道を選んだのも、一つの大きな岐路であり、戦後、風景画家としての道を歩くようになったのも一つの岐路である。
その両者とも私自身の意志よりも、もっと大きな他力によって動かされていると考えないではいられない。たしかに私は生きているというよりも生かされているのであり、日本画家にされ、風景画家にされたともいえる。
その力を何と呼ぶべきか、私にはわからないが―

(「川端康成と東山魁夷 響きあう美の世界 求龍堂」より引用)

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人は誰しも、自分が何か大きな力によって生かされ、動かされ、人生を歩まされている事を、微かに感じる時があります。
その感覚というのは、キリスト教徒であろうと、仏教徒であろうと、特に何の信仰も持っていない人であっても、共通しているものだと思います。
そのことをどれだけ深く見つめられるか、受けとめる事ができるかによって、その人の生き方というのが、大きく変わってくると思います。

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