2008/06/13

美術展の紹介

久しぶりに美術展の紹介でも。

この前、高殿でお話しした際、ちょっと取り上げましたが、二週間ほど前に、京都国立近代美術館にルノワール+ルノワール展を見に行ってきました。
7月21日まで開催しています。
印象派の画家オーギュスト・ルノワールと、彼の息子の映画監督のジャン・ルノワールの作品を同時に展示するユニークな試みです。
会場の入り口に、晩年のルノワールが絵を描いているフィルムが映し出されていましたが、作品以上に、彼の顔や姿そのものに見ていて飽きない魅力を感じました。

常設展で、寛次郎さんの作品や、富本憲吉や魯山人の作品なんかも数点置いてました。
二年前に、この美術館で富本さんの展覧会をやっていまして、見に行こうと思って、結局行けずじまいでした。
奈良の生駒に記念館があるみたいなので、一度機会があれば行って見たいです。


それと、この間の練成会でメンバーの方が、その生き方に大変感銘を受けたと仰っておられた、京都西陣の織物作家の、山口伊太郎さんの遺作展のサイトがありましたので、関心を持たれた方もいらっしゃると思うので紹介いたします。
源氏物語錦織絵巻

相国寺承天閣美術館というところで、7月6日まで開催されています。
京都御所の近くのようですね。

70歳で「国宝源氏物語絵巻」を題材に、全4巻の再現に取り組まれ、最終巻の製作中に、その段取りを見届けた後、弟子の方たちに後を託し、昨年105歳で亡くなられたとの事です。
人間国宝への推挙を、西陣織の伝承ではなく、新しいものを作り続けることを評価されたい、という理由で辞退されたそうですね。

何歳になっても、絶えず新しいものを作り続けようとされた、創作にかける情熱は凄いですね。
興味のある方は見に行かれてはいかがでしょうか?

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2008/03/10

無限の宇宙

最近、加守田章二さんという陶芸家に関心を持ちまして、作品集をよく眺めております。

これまで、現代陶芸の第一人者ということで、この方の名前だけ知っていましたが、どんな人だったかはよく知りませんでした。

加守田さんは、大阪の岸和田出身で、京都市立美術大学で富本憲吉さん(奈良出身の陶芸家・人間国宝)に師事し、栃木県の益子(浜田庄司さんのいたところ)で陶芸家としてデビュー、後に岩手県の遠野に窯を築いて作陶に専念し、1983年、49歳の若さで亡くなりました。
短かい生涯の間に、次々と作風を変転させ、斬新な作品を発表し続け、現代陶芸界の鬼才と評されました。

非常に独創的な作品が多いのですが、それでいて、高い品性があり、見ていて大変心地よく感じます。
このような素晴らしい陶芸家がいたことに大変感銘を受けました。

加守田さんの作品を扱っているギャラリーのサイト


加守田さんは個展の案内状で、次のようなことを述べています。

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科学文明の急進が、世界を狭くし、色々の文化が、入り乱れても、日本人はあくまでも日本人である。
自己を見つめる時は、やはり日本人としての自分を見つめ、それが世界の中の自己を見つめることになる。
自分個人の世界の中で、陶芸を使って日本人の源を発掘することが私の仕事である。
自分の外に無限の宇宙を見る様に、自分の中にも無限の宇宙がある。
この両宇宙への、調和のとれた集注が、行動力の本質である。

「加守田章二 全仕事 講談社」より

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とても頷かされる言葉です。
自分の内にも、外にもある無限の宇宙への飽くなき探求―それこそが人間を突き動かす原動力であると思います。

その他にも、色々と良い事を仰っておられて、共感させられました。

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2008/02/10

東山さんの展覧会

京都で開催されていた川端康成と東山魁夷展に行って来ました。

二人が交わした書簡、東山さんの作品、川端さんが所蔵していた美術品など(小林古径もありました)が展示されていて、大変楽しめました。

東山さんは「描く事は祈る事」と言われましたが、本当にその言葉通り、京都の風景やドイツの町並みなど何を描いても、東山さんの絵は「祈りの絵画」という表現がぴったりあてはまります。
東山さんは、終戦間近に召集を受けて、熊本で、爆弾を抱えて戦車に体当たりをする訓練をしている時、熊本城から眺めた、特に珍しくもない風景に、これまで感じたことのない魂が震えるような深い感動を覚えたそうです。
生きる望みがなくなり、死を身近に感じていたからこそ、生命の輝きがかつてないぐらい強く感じられ、絵を描く望みもなくなり、何とかして展覧会で良い成績を上げて早く世に出たい、という願いもなくなっていたから、純粋な心で風景を見ることができたのです。
その時、もう絵を描く日は来ないだろうが、もし万が一、絵筆をとれる時がきたならば、この感動を今の気持ちで描こうと自分に言い聞かせたそうです。
東山さんは人生を振り返って、このように仰っておられます。

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いま、考えて見ても私は風景画家になるという方向に、だんだん追いつめられ、鍛え上げられてきたといえる。
人生の旅の中には、いくつかの岐路がある。中学校を卒業する時に画家になる決心をしたこと、しかも、日本画家になる道を選んだのも、一つの大きな岐路であり、戦後、風景画家としての道を歩くようになったのも一つの岐路である。
その両者とも私自身の意志よりも、もっと大きな他力によって動かされていると考えないではいられない。たしかに私は生きているというよりも生かされているのであり、日本画家にされ、風景画家にされたともいえる。
その力を何と呼ぶべきか、私にはわからないが―

(「川端康成と東山魁夷 響きあう美の世界 求龍堂」より引用)

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人は誰しも、自分が何か大きな力によって生かされ、動かされ、人生を歩まされている事を、微かに感じる時があります。
その感覚というのは、キリスト教徒であろうと、仏教徒であろうと、特に何の信仰も持っていない人であっても、共通しているものだと思います。
そのことをどれだけ深く見つめられるか、受けとめる事ができるかによって、その人の生き方というのが、大きく変わってくると思います。

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2007/01/28

ボッティチェリの絵画2

~ 前記事ボッティチェリの絵画の続きです。 ~

白光の村田先生が「み教え研究会」と題して、講師の方の質問に答えている内容の小冊子が我が家に置いてあるのですが、その中で村田先生が美術館で見た様々な絵について解説しており、ボッティチェリのことも取り上げられておりました。紹介させていただきます。

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あちこちの国を廻っている間に、自分に関心がなかったものを、絵の中から色々と教えられました。その絵の見方とは、絵の正面へ立って、姿勢を正してピーッと波動が合うと、私との間に、バイブレーションが起って、その絵の中から物語が出てくるのです。巨匠が心血を注いで描いた絵は素晴らしいです。・・・(略)・・・ボッティチェルリの絵は、何処かで見たことがある・・・そうだ、神界の上の方にあった。その人たちの絵は、よく描こうという思いの絵ではなく、全身全霊を打ち込んで描いた時に、上の方からのものを視せられて神界の波が入ってきて描いているのです。それらの絵は、私の魂を魅了しました。その題名は「ヴィーナスの誕生」でしたが、神界の太陽が、貝として表現されています。神界のものと違っていたところが3ヶ所ほどありましたが、素晴らしい名画です。

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さすが、村田先生としか言えません。村田先生以外には、決してできない絵の解説です。(^^ゞ

これは、神界で「ヴィーナスの誕生」とそっくりの絵を見たことあるということなのでしょうね。
神界のものとは3ヶ所違っていた、と言われても、私達にはさっぱりわかりませんが(笑)、ボッティチェリが高い世界からの波を受けて絵を描いていたということが、このお話からよくわかります。

優れた絵画の場合、その絵画の響きが、一体どういった霊的階層から流れてきているかということは、中々普通の人には掴みにくいものではないかと思います。

私はルネサンスの絵画が好きで、ボッティチェリだけでなく、ミケランジェロやラファエロや、ダヴィンチも好きですが、果してその良さをどれだけ味わえているかとなると、実はそのひびきの一端を感じ取れているだけではないかと思うのです。

五井先生が、若い人でバッハは良いと言っている人がいますが、バッハは宗教的に相当な高い精神状態にならないと、その真の良さはわからないのですよ、と仰っておられましたが、そういうものなのでしょうね。

しかし、とにかくそういった優れた芸術に数多くふれると、知らない間に心が浄められて、精神が高めあげられていくのは間違いのないことだと思います。

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ボッティチェリの絵画

昨日、テレビ東京系列の番組「美の巨人たち」でルネサンスの画家のボッティチェリが取り上げられていました。ボッティチェリは、イタリアのフィレンツエで活躍した画家です。
その番組は、途中からちょっと見ただけでしたが、私は彼の絵がとても好きです。

2年ほど前、神戸で開催されていた「ベルリンの至宝展」で、ボッティチェリの描いたヴィーナスの絵を見ました。有名な「ヴィーナスの誕生」の、ヴィーナスの部分だけを取り出したような絵で、髪型や表情が少し違うだけでよく似ていました。
その時、風韻誌に書いた感想を紹介させていただきます。

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ボッティチェリの絵画は、ルネサンスの芸術家達に大きな影響を与えた、新プラトン主義の思想(ギリシャ哲学とキリスト教が融合した思想)を表現していると言われています。
中世のキリスト教が、大衆の心の支えになったと同時に、一方では人間本来の命の伸びやかさ・自由さを抑圧してきたという側面は否定できないと思います。
新プラトン主義は、人間は罪深いものという中世の考えに対して、人は愛を仲立として神との交流を目指すものであると、人間賛歌を高らかに歌い上げたのです。

ヴィーナスは、新プラトン主義では魂のイメージで、神の美と愛を表すとされたそうです。中世のキリスト教の考えでは、肉体は悪しきものとされていましたから、裸の女性を描くことは考えられないことでしたが、ボッティチェリは、人間の肉体に現われている神の命の美しさを気高い精神性をもって見事に描きました。

しかし、サボナローラという修道僧の教えの影響を受けてから、ボッティチェリの絵は彼本来の瑞々しい美しさを失ってしまいます。サボナローラは、フィレンツエの人々に、「悔い改めよ、贅沢や享楽は魂を滅ぼすだけだ。初期キリスト教会の単純さのみが人々を救う」といった説法を行い、神権政治を始めた人です。サボナローラにとって、裸体画や異教の神を描いたルネサンス芸術は許せるものではなく、多くの絵画や彫刻を集めて焼却してしまいます。

まさにサボナローラが非難するような絵を描いていたボッティチェリの心は激しく動揺します。自分の描いてきた絵が、神の御心に反する罪深いものだったかもしれない、という恐れを感じたのでしょうか。ボッティチェリは自分の意志で、彼の絵を焔の中に捧げたと言われています。後にサボナローラが異端の罪で処刑されても、ボッティチェリは彼への信仰を失わず、彼が説いた厳格で禁欲的な宗教生活を続けました。彼の絵は徐々に瑞々しさのない硬いものに変わってゆき、ついには絵筆を折ってしまいます。晩年は不遇な生活を送り、65歳で亡くなりました。

私は、ボッティチェリの人生に思いを馳せる時、彼は自分の作品の素晴らしさを理解していなかったのだなぁと思わずにはいられません。本当に作品の良さを深く理解していれば、自分が描いてきた絵を否定するようなことは決してなかったでしょう。

ルネサンスの芸術家は、過去世、古代ギリシア・ローマ時代の画家や彫刻家だった人が多いと父から聞きましたが、ボッティチェリもそうだったのでしょう。彼は天より流れてくる神様の響きを、絵筆を通してスッと通しやすい体質で、その訓練というか修行も過去世相当やってこられたのだと思います。ただそのことを、肉体のボッティチェリ自身が自覚していなかったのでしょう。それでサボナローラとの縁もあり、彼の言うことに動揺してしまい、素晴らしい絵が描けなくなってしまったのだと思います。

私は、ボッティチェリは、晩年は確かに気の毒だったけれども、あの時代に与えられた天命を充分に完うしたのだと思っています。そして晩年の不遇を嘆くより、彼が『ヴィーナスの誕生』などの素晴らしい作品を創造した奇跡を称えたい気持ちがいたします。
人間賛歌こそ、彼の傑作と共に、永遠に残っていくボッティチェリの真実の精神なのですから・・・・・・。(略あり)

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2006/11/06

鹿児島ギャラリー報告

薩摩焼の窯元が立ち並ぶ、鹿児島県日置市の美山の里で、父の書と生け花を展示するギャラリーを11月3日~5日の、3日間開催しました。
ちょうど、2日~5日まで、薩摩焼の窯元祭りで、大勢の人でにぎわっている時だったので、焼き物を買いに来た人が、「何かやってるな」という感じで、自然に会場に入ってきてくださり、一日200人以上、3日で600人以上の人が、ギャラリーを見て下さいました♪

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↑「千里同風」
千里離れた遠隔の地にも同じ風が吹く―天下が治まっている太平の世、世の中が平和であることを意味します。

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↑「聖」

Pict1897_1 
築100年以上の古いお家です。
同じ書でも、和風な雰囲気の中でやるのと、この前のフランスギャラリーのように、洋風の雰囲気の中でやるのとでは、全く表情が変わりますね。


☆   ☆   ☆

ギャラリー周辺には、薩摩焼の窯元が十数件ほどあり、色々と見て廻ってきました。
薩摩焼は、秀吉の朝鮮出兵の際、島津義弘によって連れてこられた朝鮮陶工によって、開窯されました。

以前、このブログで紹介した14代沈壽官さんの窯で、明治に作られた立派な甕に見入っておりましたら、品のよいおじいさんが隣から離しかけてこられたので、お顔を見たらご本人でした。

この陶器がどのようにして作られたか、色々と説明してくださいました。
14代沈壽官さんは、もう80を越されているそうですが、司馬さんの「故郷忘じがたく候」という小説の主人公にもなっています。

(6月に書いた沈壽官さんのことという記事で取り上げています。)

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2006/09/26

「幻の棟方志功」展

大丸ミュージアムKOBEで25日まで開催されていた「幻の棟方志功―大原美術館、クラレ秘蔵作品より―」展に行ってきました。

Munakata

大原美術館の創業者であり株式会社クラレの経営を担った大原孫三郎と、息子の総一郎は、日本民藝運動の支援者であり、棟方さんとも深い親交がありました。

上のチラシの緋鯉の屏風絵は、大原孫三郎の還暦祝いに描かれたそうですが、それにふさわしい、おおらかな、幸せな気分になる、実に立派な絵でした。
絵の中から、鯉が飛び跳ねて出てきそうな、元気な、瑞々しい生命力に満ち満ちた絵でした。幾人かの人達が「すごいねぇ」と、感嘆の声を上げていました。


菩薩が描かれた大原邸の襖絵が展示されていましたが、その絵を描いた際のエピソードが面白いものでした。
5人の菩薩で、仏の備える5つの智慧「情熱」「叡智」「寛容」「仁愛」「静謐」を現しているのですが、翌日の円遊会に間に合わせようと描いたところ、絵がさかさまになっているのに気づいて、マアマアの仕上がりだと満足していたのが一転、これは大変だということになったそうです。
結局、その日の夜の内に張りなおしたそうですが、何とも棟方さんらしいエピソードだな、とほほえましくなりました。
前に椅子があったので、座ってしばらく眺めていましたが、何ともいえず良い心地がしました。


大原美術館の外観を描いた絵の中に、初めて美術館を見た感想として、「ゴッホを初めてホンモノで見ましたがコレは弱いと思いました」と書かれていました。
このゴッホの絵は後に贋作の疑いがかけられ、今では撤去されているそうです。
「わだばゴッホになる」と言っていただけあって、さすがにゴッホを見る目は確かだったようです。

棟方さんの芸術は、仏教の他力の思想と密接に結びついています。
棟方さんは、アメリカで板画のレクチャーを行った際、このように自分の板画を説明したそうです。
「自力の考えに立てば、板画をつくるということになるのですが、他力の考えに立てば、板画はつくらなくても、仏様の力によって自然に生まれてくるのです。私は、彫りも刷りも余り上手ではない。下手な方なのだけれども、その下手なところは、仏様、つまり板画の神様が助けてくれる。私は幸せです。」

棟方さんは、視力が悪くて、左目は見えていませんでしたが、そのことでかえって、肉体の目の力に頼らず、内なる神仏の力にお任せして創作することができたのではないかと思います。

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2006/09/07

桃山の名碗展

来週の月曜まで、そごうの心斎橋本店で、桃山の名碗を展示する催しが開催されています。

このあいだ行ってきたのですが、唐物茶碗、高麗茶碗、志野・織部などの桃山の茶碗、長次郎・光悦らの楽茶碗、そして桃山の伝統を現代に受け継ぐ作家である、加藤唐九郎と楽吉左衛門(楽家の15代目)の茶碗が、一堂に展示され見ごたえがありました。


テレビで、この展示会のことを紹介していましたが、一碗で億を超えるものもある、と言ってましたね。あわわわわ・・・・(*_*)

「わび・さび」という美意識は、日本人特有なものなんでしょうか。西洋にはあまりないような気がしますが、韓国とか中国はどうなんでしょう。
当時日本を訪れた宣教師のルイス・フロイスは「ヨーロッパでは宝石や金銀を宝物とするが、日本人は古い、ひびわれた陶器や土器を宝物とする」といって、驚いたんだとか。
高麗茶碗は朝鮮半島で作られたものですが、それに高い精神性や美を見出したのは、日本の茶人だそうです。
一見平凡で地味に見えるものに、日本人は深い精神性を見出すんですね。

私なんかでも、こういった分野に詳しいわけでも、専門的な知識があるわけでは全くないですが、見ていて「何ともいえない味わいがあっていいなぁ」と、心に響いてくるものがやっぱりあります。

確か、五井先生は「わびさび」のことを、表面に(派手に)現れていない、霊的な雰囲気のこと、というような説明をされていた気がします。(ちょっと違ったかも知れません)


「夕陽」という銘の、その名の通り茜色の志野茶碗がありましたけども、写真で見て素晴らしいなぁ、と前から思っていたので、実際に見れて、感激でした。本当に美しく、品格がありました。
織部の茶碗でも、器の形が大きく歪められた、大胆な造形でありながら、「品格の高さ」というものを全く失っていないんですね。

一碗一碗をじっくりと見る時間がなかったのですが、長次郎も光悦も、唐九郎さんも、素晴らしかったです。改めて、日本の焼き物と日本人の美意識というのは、すごいなと思いました。

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2006/08/21

星野道夫さんの写真展

この間、大阪の梅田の大丸に立ち寄った際、星野道夫さんの写真展「星のような物語」をやっていたので、見てきました。
星野さんは、アラスカの大自然や動物の写真を撮られた方で、1996年に、カムチャッカ半島で、ヒグマの事故により43歳の若さで亡くなられました。
今は学校の教科書でも取り上げられているそうですね。

私は、この人のことを名前を知っている程度だったのですが、以前このブログで映画「地球交響曲」の記事を書いたとき、ある方が星野さんに関する記事をトラックバックしてくださって、その記事に紹介されていた星野さんの文章が、心に感じ入るものがあり、一度、写真展があれば、見に行きたいとは思っていました。

その文章が、今回の写真展で、夕日に美しく染まっている海面からザトウクジラの尾が突き出ている写真とともに、パネルで紹介されていました。


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いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。
たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。
もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんな風に伝えるかって?
写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いて見せるか、いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな。
その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって・・・・・・
その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって。


(星野道夫展 星のような物語 目録より)

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会場には、随分たくさんの写真が展示されており、見ごたえがありました。
魚を捕まえて咥える大きなグリズリー、季節移動のために疾走するカリブーの大群、雪の上の愛らしい真っ白なタテゴトアザラシの子供、夜空に輝く神秘的なオーロラ、美しく雪化粧された小さな草花、アラスカの自然の中で生きる子供達の笑顔・・・

迫力のある、力強く美しい写真の数々に思わず、時の経つのを忘れて見入ってしまいました。

写真と共に紹介されている星野さんの言葉を、熱心に携帯にメモしている若者の姿が印象的でした。
会場のパネルの一つにこんな文がありました。


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僕がアラスカに惹かれ続けるのは、自然だけではなく、この土地を生きる人々がいるからだろう。アラスカを旅しながら、いつもそこに、自然と向き合い、今日を生きる人々の暮らしがあった。さまざまな人と出会いながら、僕はいつも旅人だった。

さまざまな人間の物語があるからこそ、美しいアラスカの自然は、より深い輝きに満ちてくる。人はいつも、それぞれの光を捜し求める、長い旅の途上なのだ。


(星野道夫展 星のような物語 目録より)

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この言葉は、とても共感するものがありました。
本当に、人は誰しも、それぞれの光を探し求めて生きる旅人なんでしょうね。


星野道夫公式サイト http://www.michio-hoshino.com/

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2006/07/30

棟方志功さんのこと

昨日、テレビ東京の「美の巨人達」という番組で、棟方志功さんの、吉祥の女神を描いた肉筆画を取り上げていましたけども、やっぱりいいですね。
棟方さんは、板画は勿論のこと、肉筆画も素晴らしい作品をたくさん残されています。
彼の作品は、ダイナミックな生命力に満ち満ちていて、それでいて人を包み込むような、優しさ、柔らかさがあって、私は大好きです。
近くで展覧会があると、必ず見にいきます。

「板画は僕の呼吸そのもの。肉筆画は筆が勝手に動き出す」と仰っておられたそうですが、棟方さんの絵を描いているのを映像で見ると、そのスピードに驚きます。
「えっ、これ3倍速で再生してるんじゃないの」と思わず、思うぐらいです。

棟方さんは、「自分の力で仕事をするということは、小さな無力なものだ。自分の板画は、私が彫ってるんじゃないんだ。私は仏様の手先になって、板木の上を転げまわっているだけなんだ、私が作るのではなくて、仏様の力によって、自然に生まれてくるんだ」といったことを仰っておられたそうです。

棟方さんの創作の根本精神には、浄土真宗に代表される他力の思想があると思いますが、そこに私は強く惹かれるものがあります。

棟方さんが絵を描いたり、板木を彫ったりしている映像を見ると、何か巨大な力が、板画の神様、仏様が、棟方さんの肉体を使って、描かせ、彫らせているような、そんな印象を受けます。

父が、棟方さんの過去世は、念仏に徹したお坊さんだ、と言っていましたが、やっぱり、そういう過去の積み重ねがあるんですね。

肉体には何の力もないんだ、神様、仏様によって、この自己は生かされ、動かされているんだ、ということが、学問としてではなく、頭脳知識としてではなく、体ではっきり体覚されていたんでしょうね。

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